精神科・内科・漢方内科クリニック

佐瀬医院

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こころの学校

ここでは、こころやからだについて、院長が毎月メッセージを送ります。

第9回『老いるとは』

こころの学校 

「老いる」とは、どういうことでしょう?
 
決して、「どなた」というわけではないですよ。
老いることを、「失っていくこと」として捉えた人がいるとします。
若さを失い、健康を失い、仕事を失い、友人を失い、伴侶を失う。
出来ることが無くなり、したいこともなく、「死」という暗い穴に向かって、
怯えあがきながらとぼとぼ下り坂を下っていく・・・。
ヒョー!! 書いている私が震えてきました。
 
毎日毎日失う不安に耐え、楽しみもなく、病院通いだけが仕事で、
「目が悪いから本も読めず」「耳が悪いからテレビも聞こえず」
「足が悪いから散歩もできず」「体のどこかがいつも痛くて動くこともままならず」
「生きたくもないが死ぬのも怖く」
せめて話せるなら、歌でも歌ったら?と勧めると、決まって「歌は嫌い」です。
 
人生の最後にこれはないですよね。
ですが、「老いる」ことを「失うこと」と捉えると、必然的に当たらずしも遠からずな
人生になってしまいます。
 
ですから、やめます。
「失いません。」
 
「老いる」ことは「片付いていくこと」と捉えてみます。
若い時は色々やってみました。
就職してみたり、結婚してみたり、子供ができたり、引越したり・・
冒険をしたかもしれないし、失敗もしたかもしれません。
でも、みんな片付いていきます。
ちょうど、人生の囲碁の「陣地」が決まっていくような感じです。
まあ、こんなものです。
これでいいんです。
でも、最後まで決着のつかないところがあります。
それが「生きる」ということです。
 
ですから、「老いる」ことは「生きる」ことです。
「生きる」ことの達人になることです。
 
「生きる」ことの達人てどんな感じでしょう?
 
どのような状況でも「生きる」ことの喜びを見つけられることです。
今日はよく眠れたとか、
味噌汁がうまかったとか、
いいウンチが出たとか、
庭先の花が咲いたとか、
そういうことが喜びです。
 
みんな片付いてしまったので、ちょっと新しいことをしてみてもいいかもしれません。
「死ぬまでに行きたい5つの土地」とか、
「80歳から始める水彩画」とか。
自分の可能性を閉じず、何が何でも楽しむことです。
 
そうしたら、「死」は「終わり」じゃありません。
「あがり」です。

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