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「こころ」のブログ

ここでは、こころやからだについて、院長が毎月メッセージを送ります。

NEW!第21回『マインドフルネス体験記』

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今回は、マインドフルネスについて私なりに解説するとともに、

ご迷惑をおかけしつつも行かせていただいている、ヴィパッサナー瞑想合宿についての体験をお伝えしたいと思います。

 

まず、近年よく言われるマインドフルネスとは何か。

元々は仏教の修行法の1つで、自分の感覚に意識を常に置くことで思考を鎮め、執着を切り離していく手法と申し上げればよいでしょうか。

ジョンカバサット・ジンというアメリカの瞑想家が、難治性の痛みや不安など現代医療ではなかなか治らない病態について、このマインドフルネス瞑想法を行うことで苦痛を軽減できることを証明し、保険診療が認められたことから治療法として確立し、日本にも紹介され始めました。

これは、「ストレス軽減法」と題されているように、病気でなくとも日常のストレスを解放するのに大変役立つことから、企業のセミナーなどでも広く紹介されています。

なので、マインドフルネスと言うだけでも、今は様々なやり方が紹介されていますが、今回はその源流の1つ、ヴィパッサナー瞑想の10日間の沈黙の合宿瞑想についてご紹介します。

 

これは別名「こころの手術」と呼ばれており、外界と完全に隔絶し(筆記用具や本、携帯など情報に関するものは一切持ち込まず)、身ひとつで10日間沈黙を守りある手法に従って瞑想することで、こころの深いところにある嫌悪や渇望を解放しこころの浄化をはかっていくものです。

こんな風に書くと何か恐ろしげですが、瞑想センターはインドやアジア諸国はもちろん、北米に10、ヨーロッパやオーストラリア・ニュージーランドには7つずつと世界中に広まっています。

日本では京都と茂原(なんと近い!)にあり、私の行った茂原のダンマーディッチャでは定期的に毎回60人ほどが瞑想しています。

運営は全て奉仕(ダンマ)でまかなわれているので無料です。

規律はしっかり守らなければいけませんが、生活はむしろ気持ちよく清清しいところです。ブッダの教えから発生した手法ですが、宗教とは一切関係ありません。

ただ、瞑想に行き、自分の感覚をひたすら見つめ、古く深い執着やこころの傷を手放し帰ってくる。

毎回、大きな憑き物が1・2個落ち、少し人生が変わった感じで下界に戻ってきます。

私が初めて行ったのは2年前で、その時は瞑想はほぼ未経験者でしたので、まず1時間座りきるのが一苦労で四苦八苦しておりました。

60人のうちおよそ半分はこの瞑想が初めての生徒なので、みんな座りきるために座布団を積み上げたり座椅子を使ったりと涙ぐましい努力をします。

(動かないことが原則なので、座るためのサポートが色々置いてあります。)

結構外国の方も多く、妊婦の方もいらっしゃいます。

みんな決意してきたのでしょうが、新米のうち3−4人は初めの2−3日で居なくなり、少し寂しい気持ちで空いた空間を見つめます。(自分の場所は決まっているので)

3日半は自分の呼吸の感覚にただ集中し、その後自分の全身の感覚を見つめることに移ります。

思うに、この「感覚」が肝なのです。

 

小難しい話になりますが、自分の人生を構成している全ての物事はこの「感覚」から始まり認知されます。

いわゆる視覚触覚味覚嗅覚聴覚という五感とこころの中の感覚から成り立ち、これらは密接に結びついています。

言い換えれば私がテレビを見るのも、ご飯を食べるのも、誰かに腹を立てるのも、全て感覚から起こり、あなたの世界はあなたの感覚から構成されているということになります。

例えば何かを感じ、それを「痛い!」と判断して思考を巡らし、「なんでこんなことするんだ。」「嫌いだ!」「やり返してやる!」など、その判断から怒りへ、嫌悪へと感覚を増幅し広げて行けば、次から次へと苦痛の連鎖が続き、相手にも飛び火します。

しかし、そのとば口、「痛い」と判断するその手前で感覚を冷静に見つめ、それが消えていくものであること、そのことに執着し自ら持ち続けなければ、それは必ず変化し無くなるものであることを体感すれば、その苦痛はそこで消えるのです。

まだまだ未熟で十分理解できてはいませんが、全ての感覚は「現れ消える」という原理を、物質というよりエネルギー体として実感するものです。

それにはできるだけ外界の感覚を遮断し、自らの感覚に集中すること、ある意味「苦痛」と思える感覚を静謐を持って見つめることが必要です。

すると、今まで荒れていたこころの波が消え、その下から過去の古い感情の感覚が、奥底から湧き上がってきます。

出てきては見つめ、出てきては見つめ、今まで濁っていて分からなかったこころの水が、何も揺り動かさず見つめることで澄み、その底から過去のゴミやヘドロが浮かんでくる感じです。

全身をくまなくサーチし、見つけては浄化していきます。

すると滞っていた身体の感覚が消え、場合によっては長年の痛みが、長年の恐怖が無くなっていることに気がつきます。

長年の汚濁が、一度の瞑想で浄化され尽くすわけもありませんが、この手法を習得し繰り返すことで、汚れを溜める一辺倒から少しでも綺麗にしていく方向に行けば、いつかはピカピカになるのではと思います。

私は10日のうち、本当に集中できるのは8−9日あたりのほんの数日ですが、それでも感覚が鋭くなり、こころの中の大きなゴミを出した後はこんなに体が軽くなるのかと有り難くなります。(でもまたすぐ溜まっちゃうんですが)

 

最終日は社会復帰のためのリハビリとして、会話が一部の場所で解禁され、色々な人と出会えます。海外を股にかけ、長年瞑想されているような凄い方もいらっしゃいます。

その出会いも楽しいものです。

戒律もあり、他の瞑想法を指導している方や、気分が不安定で集団の規律を守るのが難しい方は参加を許可されないかもしれず、全ての方にオススメできるものではありませんが、それでもなお出来る方・興味のある方には価値あるものと思います。

ちなみに食事は完全菜食で、初心者以外は夕食はないです。

プチ断食もついてくるということ。

私は今度は、なんとか時間を作って、奉仕(料理や片付けなど)瞑想する方達のためのお世話で参加したいなと思っています。

こんな大掛かりでなくとも、毎日15分、ただ腰を正して座って、自分の呼吸に集中するだけでも価値があります。

今の感覚に気づくこと、そこだけが火花のように起こっている現実であることを理解することが、マインドフルネス(気づき)ではないかと思います。

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